気がついたら、あたりに春の気配が満ち、桜が散っていた。
雨上がりのもやの中、路面には桜の花弁が舞い散り、
歩いている自分がこの世にいるものなのか、
うたがわしくて足踏みをする。

今読んでいるのが、ありえないぐらい、じゃなくて、
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」これがなかなか読み終わらないのです。
この自由すぎるレイアウトはなんだろう?
よくわからない
らくがき?
〜です 〜ます の文体が
〜だ 〜のだ に変わり
いやいや文体などというものはふっとんでしまい、
原文はどうなのだろう?
小説は文章であらわすものではないのだといわんばかり?
たぶん自然災害やテロなどの未曾有の事件がつづき、
あまりにも膨大なカオスを表記するのは難しいのかもしれないが……。
9・11の事件がメインなんだろうけれど、
ほぼ終わりに近いページで、
煙がビルの穴から出つづけていた。黒い煙。子どものころいちばんひどかった嵐をおぼえています。 父の棚から本が引っぱり出されるのが窓から見えました。 本は飛んでいました。 人間のだれよりも年とった木がわたしたちの家から吹き飛ばされました。 でもその逆になっていたとしてもおかしくなかったのです。二機目の飛行機がぶつかったとき、ニュースを伝えていた女の人は金切り声になりました。火の玉がビルから転がり出てのぼっていった。略同じ映像が何度もくりかえされる。ビルに突っこむ飛行機。落ちていく体。高い窓からシャツを振る人たち。ビルに突っこむ飛行機。
落ちていく体。ビルに突っこむ飛行機。
灰色のほこりにまみれた人たち。落ちていく体。崩れ落ちるビル。ビルに突っこむ飛行機。
ビルに突っこむ飛行機。崩れ落ちるビル。高い窓からシャツを振る人たち。落ちていく体。
ビルに突っこむ飛行機。略わたしはからっぽだと感じなかった。 からっぽだと感じたかったのに。高い窓からシャツを振る人たち。わたしはひっくりかえった水差しみたいにからっぽになりたかった。ビルに突っこむ飛行機。略落ちていく体。崩れ落ちるビル。インターネットで堕ちる体のビデオをたくさん見つけたんだ。ポルトガル語のビデオの静止画像をプリントアウトしてものすごく近くで調べてみたんだ。パパかもしれない体がひとつあるんだよね。パパみたいな服だし、拡大してピクセルが大きくなって人間っぽく見えなくなると、メガネが見えたりする。というか見える気がする。(文と文の間のスペースも、文章も同じに表記しています)
と、このあたりに辿り着くと、少々立ち止まりはするのだが、
最後の十数ページのパラパラマンガ風の写真? はなんだろうか?
時間を巻き戻しているようにも見える。
ありえない状況を描くには、
文学の力が及ばないということだろうか?

不可解な写真

数字の羅列

空白の文字

赤ペンの校正

字間がつまり、重なり、


まっくろけに

終わりのページのパラパラマンガ……は、(興味のある方は)
自分の目で見て感じてください。
今回の芥川賞「道化師の蝶」の不可解さとは違う不可解さが、
しこりになって残るというか……、
このわけの分からなさを表現するということは、
わけのわからなさをひょうげんすることは、
不可能に近い、いやいや、
ああ、頭の中がまっしろで、
ことば というものが
あ とか う とか と とか
なにひとつ でてこないのです。