signal

この日 この場所に いることの不思議
ここに いることを 確認すべく 微弱な信号を……
何億光年彼方の Xへ向けて

目は見えない



月曜日の朝は爽やかだった。
ママチャリで仕事場に向かう。
右目をつむってみる。

見える見える全然大丈夫。

左目を細くする。
ああ、景色が遠くなり、
身体が浮き上がる……。

涼しい風と鳥の声、
なんだか異界を走っているみたいだ。


義父が目が見えないのに、
自転車で買い物に出ると聞き、
試してみた。

こんな感じかなあ、
危ないなあ。







今日は朝から雨、
なんだか疲れてる。
意欲がわかない。

母の日に、
義父母の家に行き、
LEDシーリングライトを買いに某電器店へ。


10年で6万円もお得、電球交換の必要もなし、
しかしそもそもLEDがなんなのかわからない。

Light Emitting Diode
(ライト・エミッティング・ダイオード)

日本語では、発光ダイオードと訳される。


しかし、
電球もないのになぜ光がでるのだろう?


販売員さんに、
そんなようなことを聞いても、
さあー、と。

最初から思っていたことだけど、
彼って、目を開けてない。

極度の人間恐怖症なのか、
ほとんどめんたまが見えない。
瞬きが以上に多い。


調べたら、
眼瞼けいれんという病気があるらしいけれど、
そうだったら接客業は大変ですよね。



     


目が見えなくなったら困るなあ。
いや、目は見えないよ。
ものが見えるかどうかです。


      


 
ため息をつきながら、
寝転がって「志ん生芸談」を読む。

一人静かに、クスッと笑う。

字が読めなくなったら、
どうやって時間をつぶそうかと思う。


















| つれづれ | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0)
ピナバウッシュ





 


今日は遅い散歩、
曇り空で少し肌寒い。

アジサイの青々とした葉の中に花の芽が見える。  

ハルジオンだかヒメジオンだか、(ちがいがわからない)
風にゆらゆら揺れている。

四方八方、
ああ、なんという濃縮青汁の匂いがすることだろう。


昨日の失態、

ぼくの家のそばにカンガルーが落ちたんだ!

えーっ! カンガルーが! 

ものすごい光ったよ。

??????

カンガルーではなくカミナリだった。
(ちなみには耳が聞こえない)


まじめに驚いた自分を思い出し、
笑いながら歩いていると、

「ピナバウッシュ」
という言葉が浮かんだ。
なんだろうと気になる。


2009年に、この世を去った天才舞踊家ピナ・バウシュ。
彼女が最後に遺したものとは―今、3D映像で鮮烈に蘇る。

いい映画だよと紹介してもらったけれど、
見に行く時間が無いというか余裕が無い。

けれど、
名のある人ではなく、
名も無い人が死んだら何が残るのか?

ゴミと化した身辺雑貨、
その他もろもろ、
骨、
…………、

そんな事をつらつら考える。


散歩中に頭にうかぶもやもやしたものを、
パソコンで言葉に変換する。

思ったことを言葉にすると、
頭の中が整理される。

ああ、そうなのか、
言葉にして考えるということなのか?

そうすると、
言葉になる前のモヤモヤっていうのは?
なんなのだ。


草や木や、
この駄犬にもあるものかもしれない。 




| つれづれ | 09:33 | comments(0) | trackbacks(0)
メイストーム









5月に入って天気は荒れ放題。
老老介護に通夜、告別式の手伝いで連休もあけ、
朝のコーヒーを飲んでいたら、
茶柱ならぬ犬の毛柱が立っていた。

琥珀色の液体のなかで、
白い短い剛毛がゆらゆら揺れている。


出かける日は、
用事をまとめて済ませようと思うのに、
八割がたは忘れてしまう。

家を出しなに時計を忘れたともどり、
もどったついでに傘を持ち、
階段を駆け下り歩き始めたら、
駄犬の散歩のブーツを履いており、
こんな夏日に、と、またもどり、
なんか忘れてるなんか忘れてると駅まで行き、
本を一冊忘れてきていた。

   

電車に乗り、
つり広告を眺めると、
もう夏バージョンで、
かわいい女の子が笑顔で、
なんだ脱毛のコマーシャルか!

ええじゃないか、ええじゃないか、
身体っていうのはうまくできてるもんだ。
毛が生えるのはそれなりの理由があるからだ。

家の駄犬だって、
毛があるから洋服も要らぬ。
犬が脱毛したら、 
どういうもんだろう?

前に座ったお嬢様は、
おおきな手鏡を持ち、
金髪を手ぐしで整えている。


ナニ考えているんだろう 

理解できないのは私だけか 


            



ゆうに25年は通っている読書会、
人の声を聞き、話を聞くのだけれど、
言ってることがわからない。

この方は饒舌だけれど、
何を話しているのだろう?

もしかして、分からないのは自分だけで、
もしかして、自分の言っていることは、
「○△■はΣσΦΧΨΩζηθεδγξπα………」
ああ、誰にも理解されていないのではなかろうか?


   


昨日は仕事場で、
小林旭の「もったいない音頭」を踊った。


カッコーいいねと言われたようで
ドキドキソワソワあとふりかえりゃ
ついて来るのはあほう鳥
ああもったいないもったいないもったいない
もったいない
こんなに見せてもああ……もったいない



人は見えても、
自分は見えないから……。

ああ、救いようもないバカ、
とか本気で思っていたら生きてはいられない。

駄犬より能天気かもしれない。






| つれづれ | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0)







 

晴れるのか降るのか、
はっきりして欲しい。

煮え切らないのような天気に憤慨。


洗濯物を出したり入れたり、
ええいままよ、

と空を見たら青空に虹が、
その脇に白い月がくっきりと、

そしてまたサーッと雨音が走る。


しかし虹は、なんで虫偏なんだろう?


           


ここのとこずっと体調が悪い。

腹部CT検査をしても異常がないということで、
納得したのだが、

いや、つらつら考えると、
今年のはじめからお腹の調子が悪かった。
近所の胃腸科では、
憩室炎の疑いといわれたけれど、
憩室炎の食事療法は、
食物繊維と水分をとることとある。
野菜、穀類、豆類、ほとんど食べているものばかり、
いやそれ以外のものはあんまり食べていない。



腸は第二の脳とか?

お脳の方は案外のんきなたちなのに、
腹からモクモクとこみ上げる不安というか、
言うにいえない気味悪さ、
それを「悪心」というのだろうか。
「悪心」は、(おしん)と読むらしい。


「良心」はあるつもりなんだけれど、
「悪心」はいらない。


ああ、どうも腸にのっとられそうな気がする。

黙れ、内臓の分際で、
四の五の言うな、
わたしゃ孤高な精神で生きておるんじゃ!

いらんなあ、五臓六腑なんぞ!
いらんぞ、血も涙も!

空っぽにして人工臓器でもつけてくれないか!


死は苦ではなく、楽だった!
 「自然死」のすすめ


という新聞の広告文を読んで、なかなかと思う。

医療が穏やかな死を邪魔している

本人に治せないものを、他人である医者に治せるはずがない

「できるだけの手を尽くす」は「できる限り苦しめる」

食べないから死ぬのではない、「死に時」が来たから食べないのだ

「看取らせる」ことが年寄りの最後の務め

がんは完全放置すれば痛まない

ガン」で死ぬんじゃないよ、「がん」の治療で死ぬんだよ

「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、
医療は限定利用を心がける


年寄りはどこか具合が悪いのが正常

人は生きてきたように死ぬ



なかなか含蓄のあるお言葉。






| つれづれ | 09:27 | comments(0) | trackbacks(0)
B層文化


《B層》って食えるんか?


                                        



また今日もあめだすか、  
身も心も晴れません。

朝刊を読んで、 
むむむ!

「素人の暴走と価値の錯乱」

〜こうした価値の錯乱の上に成立するのが《B層文化》だ。

《B層》とは平成17年の郵政選挙の際、内閣から依頼された広告会社が作った概念で「マスメディアに踊らされやすい知的弱者」、ひいては「近代的諸価値を妄信する層」を指す。


その《B層》さまが現在の消費者の主流になっている云々、
その内情は、
大企業のエリート社員が、マーケティングを駆使し、大量の資本を投入し、
《B層》の琴線に触れるコンテンツを量産している。

ポップスなら、音楽そのものより歌い手の容姿や生い立ち、持病、スカートの丈の短さ。

そこにニーチェまであげて、
「畜郡人間は、例外人間や超人がいだくのとは異なった事物のところで美の価値感情をいだくであろう」

畜郡は《B層》なのだそうである。

《B層》とは、圧倒的な自信の下、自分たちの価値観を社会に押し付けようとする。そして、無知である事に恥じらいをもたず、素人であることに誇りをもつ。ありとあらゆるプロの領域、職人の領域が侵食され、しまいには素人が社会を導こうと決心する。これこそがニーチェが警鐘を鳴らした近代大衆社会の最終的な姿だ。



にゃるほどにゃるほど、 
さすが新聞の一面に書くかたはすばらしい。
たぶんこの方は《A層》を自認していらっしゃる。

高みから物申しておりますが、
五十歩百歩ではございませんか!

イワシの大群の中の一匹が、 
居眠りこいてちとわき道にそれてしまったら、
もう一匹も、もう一匹もと微々たる動きがイワシの大群の進路を導くのでは?

と、《B層》いやいや《C層》犬は思うのであります。

しかし、ちっとも食糧事情がよくならない。 
世の中というのは誰がうごかしているんですかねぇー?
大企業のエリート社員や資本家が動かしているんだって?

だれやらが、神様がプログラミングしてるとかいいましたが、

地面のしたから顔を出したモグラをしめあげたら、

ふかーい、ふかーい、
地球の真中で、 
数えられないぐらいのモグラたちが、
巨大なネジを巻いているんだと。

秘密だよ

 

    




| つれづれ | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0)
Spirit
 


(実家の藤、今年はきれいに咲きました)







五月雨、
涙雨、

いんいんめつめつ
いんいんめつめつ
いんいんめつめつ

雨 雨 雨 雨 雨

先日、
お寺の安置室にお線香を上げに行きました。

おめもじしたのははじめてなせいか、
とてもこの方が、
あの人には思えず、

いつもお話に聞いているあの方でいらっしゃいますか?

と、思うものの、
その方は何の気配も示されない。

あなたの中にその方はいるんでしょうか?

と、問う気持ちも、どこかへいってしまい、

ほんとうに、
この身体に入っていた魂というものは、
どこへ行ってしまったのだろうか?


もうどれぐらいの魂たちが、
有所をなくして彷徨っただろうかと……。




  

    合掌











| つれづれ | 11:58 | comments(0) | trackbacks(0)
草木は問わず
 

朝6時、
雨があがり、
生垣の葉の雫が光っていた。

なんと青々と生気に満ちていることか。

ふだんは目にもとめない下草たちも、
ぴんぴんと背筋をのばし、
それぞれが主張しあって立っている。

いつだったかに見た、
自然世界を俯瞰する映像がうかんだ。


ぼうぼうと茂る草木は、
暗黙の規則性により、
整列し、

けものたちは一方向に向かって立ち、

とりたちは一方向に向かって飛び立つ。


静まった場所、
一杯の水をいただくように、
草木の息吹が奏でる旋律が、
身体の芯を通りすぎる。


草木は何も問わない。










昨日の新聞で、
遅咲き新人の風。

小説界で、
60代、70代の新人がデビュー。

時代のニーズか、
マスメディアの企みか?

じゃあとハチマキを巻くわけにはいかず、
てやんでぇー、此方人等(こちとら)知る人ぞ知る、雑草のなかの雑草だわさ……。

ひとりオゾン(爽快気分)を満喫、
もしかして、
もしかして、
先々代のお爺、(高倉健似の)
はちゃめちゃ思考に激似かも?








| つれづれ | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0)
砂時計








(REAL DOLL の新作)

いないいない猫(魚のネクタイ?)
だるま3兄弟(貧相な青だるま)
4匹の猫(ひも猫です)

      
           



朝もはよから、5時過ぎ電話の音で目覚め、 
受話器をとったら切れていた。

早朝の電話は気になる。
営業の電話ではないしねえ……。

十分もしてまたベルがなり、
受話器をとると、 

もしもし、もしもし、

はい、

もしもし、もしもし

はい、はい、

なにがはいはいよ 

おえだ 

もおーっ、何時だと思ってるの、          
せっかく今日はイブ  に起こされないで寝てたのにー!


駄犬と駄母には勝てないか! 



                



なんだかんだ忙しくて、
気がつけば桜の花も散り、
4月も終わろうとしている。


いい事か悪い事か、
緩慢にボケが進んでいるような気がする。

人の名前が思い浮かばない、
漢字が書けない、
などはいいとしても、
自分の家の電話番号が書けなかった?

昨年から書いている小説もどきも、
三篇ほどあり、
忙しさにかまけて放り出しているが、
長編の場合は特にストーリーがつながるものか?

主に使っているパソコン(十年物のXPさま)は、
砂時計が出たら消えない。

       

だいたい、砂時計!
かりにも時計ですよ、
決まった時間を刻んでくれなければ   




私が食べるパンを、
じっと狙っているはずの駄犬が、
なんとコックリコックリ居眠り、 
急速にふけましたねぇー。

あなたの時間と私の時間は、
進み方が違うんですね……。














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| つれづれ | 10:16 | comments(0) | trackbacks(0)
畏怖について







 


今朝も5時過ぎに駄犬に起こされ、
あ〜あ、仕方なく朝食のパンを一切れ、
残りの一欠けらを駄犬に、
これがいけないのだ……。  

新聞を広げ、
「命令形に託した熱き思い」
の文章にふるえる。

「死ぬなよ」
 その未希さんの同僚で同じ庁舎にいた三浦亜里沙さんは津波に流される直前、交際男性とメールを交わしたという。「ぜってー死ぬなよ!」「死なない!!愛してる!!」…。が、無念にも、男性の思いの丈の命令に亜里沙さんは応えることができなかった。
 津波の現場で 発せられた、それぞれに魂をはらむ数々の言葉が、今も胸に重く響く。




まさに、昨日書いたことなのだ。

3・11の事件でも、別れを交わした電話、メールが残されている。

津波のニュースの記事で、
三浦亜里沙さんという固有名詞を覚えていたわけではなく、
強く残っていたことを書いたのだが、
その翌日に、こんなにも明快に啓示されるとは!

亜里沙さんに、
「私のことをきちんと書いてください」と言われたみたいです。




ここだけの話ですが、(ここだけ?)
言ったことや書いたことが、
翌日の新聞やニュースで見ることがよくあります。




       



畏怖について など




1970年発行 
ランボー全詩集を買ったのを覚えている。
値段を見ると1800円、

今でも貧しいけれど、
あのころはもっと貧しかった。
その金額の本を買うのにどれだけ迷ったか、
コーヒー一杯が百円だもの。

(そういえば欲しいレコードも2000円以上した)

それでも欲しくて買って、

ランボーさま 
ああランボーさま
あなたの身元へ

フランスへ行きたいと
ランボーに酔いしれ、
今でも大事に(本棚でほこりにまみれ)
持っている。

もとは取れた。

その粟津さまだもの、
楽しみに読まないはずはない。

やさしくしずかに、
ここちよくよめたけれど、
ああ、もの足りぬ。

私には畏怖という感情がないのか!


印象に残ったのは、

詩心について

チェーホフの夫人である女優オリガ・クニッペルが、死の床の夫の姿を語っている文章を読み、強く心を動かされた。



彼女は夫の枕もとに座り、彼の「何もかもわかってしまったような」静かな死顔を眺めながら、長い時を過ごすのである。



突然開け放った窓から、無数の黒い蛾が飛び込んで来て、病室のなかを乱舞したということだ。彼女はこの出来事について何ひとつ細かな描写はしていないが、あの老人が語っていた「ツイツイ」と飛ぶ「赤いとんぼ」と、同様、彼女の文章で語られるこの黒い蛾の群れも、夫の死顔を眺めているうちにおのずから浮かびあがってきた彼女の詩心のあらわれのように思われる。
 私には、乱舞するこの黒い蛾の群れがまざまざと見えた。蛾たちの翅音も、彼らが何かに突き当たるバサリという音も、はっきりと聞こえるようだった。そればかりではない。しんと静まりかえった部屋の気配も、チェーホフの死顔も、オリガ・クニッペルの看病疲れと悲しみのために蒼白くすきとおった顔も、まるで私自身がその場にいて、それを感じ、それを見ているように思われたのである。


こういう詩心のある文章が読みたかったのですが、

もう一度読み返してみようとは思いますが……。










散る桜の美しかったこと、
家に帰りカメラをもってきて撮りましたが、
写真でも、
その美しさを、
見たままを、写すことは難しいようです。

文章ではもっと難しいですよね。







| 読書 | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0)
さくら




 

気がついたら、あたりに春の気配が満ち、桜が散っていた。

雨上がりのもやの中、路面には桜の花弁が舞い散り、

歩いている自分がこの世にいるものなのか、

うたがわしくて足踏みをする。





今読んでいるのが、ありえないぐらい、じゃなくて、
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」
これがなかなか読み終わらないのです。

この自由すぎるレイアウトはなんだろう?

よくわからない

らくがき?

〜です  〜ます の文体が
〜だ  〜のだ  に変わり
いやいや文体などというものはふっとんでしまい、

原文はどうなのだろう? 


小説は文章であらわすものではないのだといわんばかり?




たぶん自然災害やテロなどの未曾有の事件がつづき、
あまりにも膨大なカオスを表記するのは難しいのかもしれないが……。



9・11の事件がメインなんだろうけれど、
ほぼ終わりに近いページで、

煙がビルの穴から出つづけていた。
黒い煙。
子どものころいちばんひどかった嵐をおぼえています。   父の棚から本が引っぱり出されるのが窓から見えました。   本は飛んでいました。   人間のだれよりも年とった木がわたしたちの家から吹き飛ばされました。   でもその逆になっていたとしてもおかしくなかったのです。
二機目の飛行機がぶつかったとき、ニュースを伝えていた女の人は金切り声になりました。
火の玉がビルから転がり出てのぼっていった。





同じ映像が何度もくりかえされる。
ビルに突っこむ飛行機。
落ちていく体。
高い窓からシャツを振る人たち。
ビルに突っこむ飛行機。
落ちていく体。
ビルに突っこむ飛行機。
灰色のほこりにまみれた人たち。
落ちていく体。
崩れ落ちるビル。
ビルに突っこむ飛行機。
ビルに突っこむ飛行機。
崩れ落ちるビル。
高い窓からシャツを振る人たち。
落ちていく体。
ビルに突っこむ飛行機。






わたしはからっぽだと感じなかった。   からっぽだと感じたかったのに。
高い窓からシャツを振る人たち。
わたしはひっくりかえった水差しみたいにからっぽになりたかった。
ビルに突っこむ飛行機。



落ちていく体。
崩れ落ちるビル。


インターネットで堕ちる体のビデオをたくさん見つけたんだ。
ポルトガル語のビデオの静止画像をプリントアウトしてものすごく近くで調べてみたんだ。パパかもしれない体がひとつあるんだよね。パパみたいな服だし、拡大してピクセルが大きくなって人間っぽく見えなくなると、メガネが見えたりする。というか見える気がする。

(文と文の間のスペースも、文章も同じに表記しています)

と、このあたりに辿り着くと、少々立ち止まりはするのだが、
最後の十数ページのパラパラマンガ風の写真? はなんだろうか?
時間を巻き戻しているようにも見える。


ありえない状況を描くには、
文学の力が及ばないということだろうか?




不可解な写真




数字の羅列




空白の文字



赤ペンの校正





字間がつまり、重なり、





まっくろけに






終わりのページのパラパラマンガ……は、(興味のある方は)
自分の目で見て感じてください。



今回の芥川賞「道化師の蝶」の不可解さとは違う不可解さが、
しこりになって残るというか……、
このわけの分からなさを表現するということは、

わけのわからなさをひょうげんすることは、
不可能に近い、いやいや、
       ああ、頭の中がまっしろで、

  ことば というものが    

  あ  とか  う   とか  と  とか 

  なにひとつ   でてこないのです。






















続きを読む >>
| 読書 | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0)
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