signal

この日 この場所に いることの不思議
ここに いることを 確認すべく 微弱な信号を……
何億光年彼方の Xへ向けて

黒い時計の旅

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

豪雨災害が頻発するこの頃、

わが家の窓から見える小川は、

水の流れる気配がありません。

なんとも乾ききった光景です。

 

自然界のバランスは、

誰が取り仕切っているモノやら……、

所詮、このぐらいの発想しかできませんから、

もう何も言いません。

 

 

「黒い時計の旅」 スティーヴ・エリクソン

 

ほぼ読み終わったのですが、

暑さのせいではないですよねぇー、

さっぱりわからないんですよ、どういう話なのか?

 

今朝は、冷房の後遺症か、

頭も体もだるく、自分じゃないみたいなんです。

自分じゃない人を、どう扱ったらいいんでしょうか?

 

 仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら……。

 ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え、

 現実の二十世紀と幻のそれとの複雑なからみ合いを瞠目すべき幻視力で描き出した傑作。

 

 この文章に魅了され読みはじめ、

前半は、なんとおぞましい物語の始まりかと……、

 

バニング・ジェーンライトはインディアンの血を引いた巨漢、

兄たちの卑劣なからかいで実母と性交させられそうになり、

兄を殺し、もう一人の兄と父に重傷をおわせ、家を焼き逃走する。

 

どこからどう逃走したのか、

ゆめうつつの読書で、

殺した兄を船底にしばりつけ、

アメリカからどこをどうやってオーストリアへ行ったのやら、

クローネヘルムという男がバニングに執筆を依頼する。

依頼主は「X](ゲッペルスとも)

 

物語はわたしの頭の中で混乱しっぱなしだが、

バニングは結婚し、娘を授かるが、

爆撃で二人は死に、

逃走するバニングのもとにあらわれるホルツ大佐、

メーガンという依頼人を通じて執筆をする。

物語の主人公は、デニーア(ゲリ・ラバウル)

彼女の踊りを見ると皆死ぬ。

彼女は醜く、口の周りにはあざがある。

依頼主「Z]は、

青い瞳と陽光の糸のような髪を持つ彼女を要求する。

 

そして知らぬ間に、

ストーリーが抜け落ち、

わたしの夢に吸収されたのか?

ドイツが降伏し、ヒトラーが自害したという刷り込まれた情報のもと、

バニングはずた袋「Z]をひきずるようにして逃走する。

年老いた小男「Z]は、なにひとつ語らないが悪意のかたまり。

 

バニングは「Z]を道連れに逃走する。

わたしにはなにがなんだかわからない。

悪を書くのか、復讐を書くのか、エロスを書くのか?

 

愚かな人間の衝動と

連鎖する悪意の波が、

時間という縦糸とからみ

厖大なエネルギーを生み出し、新たな力を得るのかもしれない。

生きるということは変化を生み出すことであり、

破壊はエネルギーの源であり、

滅亡は再生につながると、

すべては時という不可解なものによっておこるのだ。

 

そうか、すべては時によって成り立っているのか、

神も仏もない、

あるのは時の流れ、

エリクソンは過去の時間を旅している。

 

 

わけのわからない事を書いていて、昼を回ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 読書 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0)
岡虎ノ尾

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

梅雨というのに雨も降らず、

七月になってしまいました。

今日は半夏生。

 

文月の花は、

ホタルブクロと岡虎ノ尾とやら、

花の名前も風流きわまりないですが、

明日からは炎暑になるとか。

ああ厭暑、ぞおーっとします。

 

   涙

 

最近は、

朝の二時間ぐらいしか脳が働きません、

貴重な時間です。

 

在りし、

在らまほしかり

三島由紀夫

 

高橋睦郎 氏の本を読み終わり、

「三島由紀夫」とは という漠としたものが見えたような気もします。

 

第三番札所 断腸 山三島寺

ちちははのめぐみもふかきはらわたをたちてさらすはよひとさめよと

      

    ザンネン

 

痛ましいですね〜生まれてきてはいけなかった人ですかね〜

いや生まれたくなかった人でしょう

 

 

わたしに知力と筆力があれば、

高橋氏の書いた三島のことを書いてみたいのですがね〜

 

     ちーん

 

 

印象に残った文を抜粋してみました。

澁澤龍彦は三島の腹切りを「ほんとうの愚行」といい、

「三島ぼし傊(お)つ」という追悼文で

 

『あの顔はどうも最初から生首であり、獄門台の予想すらそこになかったとは云えない』『罪人の特徴は何よりも死を厭うことの上にある」「死など初めから相手にしなければよいのに、彼らにはそれが出来なくて、いつも死に追い付こう追い付こうと焦っている。三島由紀夫の場合は、怖さの余りに我から死に飛びついたようなものだ」とまでいっている。

 

稲垣 足穂に至っては、

 

「男性の秘密を知っていた」のは事実だろうが、その上で三島さんの死にかたを「男性の秘密」から遠いと断じているのだ。

秘密とは女性的なものをさすものと思っていた私には、男性の秘密というものが知りようもなく思われる……。

 

高橋氏の三島のとらえ方は好意的でも賛美でもなく、

三島の才能は認めているものの、畏怖嫌厭的な解釈に思われる。

 

 

 

以下は、在りし、在らまほしかり 三島由紀夫 の抜文です。

 

一貫しているのは。存在感の希薄、自分が今ここにいるというのは虚妄で、ほんとうはいないのではないかという、冷え冷えとした自らへの疑問です。

同じ傾向が自分にもあるので、よくわかるのです。

 

 

 つぎつぎに世間を驚かせる作品を書き、衆目を瞠らせる行動を起こす。それらに対する外からの反応のみがその根源的恐怖をつかのま忘れさせてくれた。〜休む間もなく書きつづけ、行動しつづけなければならない。それだけ緊張し続けても、自分はほんとうは存在していないのではないかという根源的恐怖は去らない。この堂々めぐりに四十五歳の三島さんは疲労の限界にあったのではないか。

 その緊張の連続から、疲労の限界から逃れる方法はないか。それが同時に存在感の獲得でもある、そんな方法はないか。その方法が割腹だったのではないでしょうか。

 

 想像上ではなく実際の割腹においてはどうだったか。〜割腹の過程の短時間の現実的な苦痛において、ただいま自分は存在を獲得した、自分は疑いもなく生きている、と。しかし、介錯の剣により首をはねられるとともに苦痛は去り、同時につかのまの存在感も失われるわけです。

 

三島の離人症的気質は、理由なき殺人をするものと似ていると思う。

自己確認の衝動、秋山駿氏がつぶやいた、

「おまえみたいな奴、お前だろう」という言葉は、秋山氏自身に向けられた言葉だった。

 

 

 

文芸というものの本質はつまるところ、神か無目的の自然の意志が作り出した世界の秘密をさぐる覗きのわざです。その秘密が、結果的に虚無に過ぎなかったとしても、それを覗きつづけ、書きつづけることが、語る者として選ばれた人間の義務だ、と思うからです。

 

 

 三島の生き方には反対原理を持ってくるという考え方が根本にあった。非常に邪悪なものがあった、だから非常に澄んだ人として振る舞うことがことができた。非常に公正でない部分があった、だから本来公正な人よりももっと公正に振る舞うことができた。あまり男性的な人ではなかった、だから本来男性的な人よりももっと男性的に振る舞うことができた。いろんな反対原理で生きることがあった人だから、その死に政治的な理由を持ってきたことは、自分のエロティシズムを完成させるためには反対のものが必要で、その雑駁なものを持ってくることによってエロティシズムとしての死を純化するところがあったような気がします。

 

 

 

三島の気持ちを推し量ることはできませんが、単に自分の心情を押し切る、舞台演出のためというには、あまりにもエゴイスティックと思います。彼が右翼的なんらかの思想を持ち、決意のもと腹切りをしたのか? それとも自分の美学を演出したのか?

存在したくなかった人は、劇的に去らねばならなかった、男性的でなかった彼は、潔く去らねばならなかった。

卑小な存在である自分を認めたくなかったということでしょうか? 

あきらめなさい、どんなに偉い人だって、とどのつまりは虫けらごとき、虫に失礼ですが、存在でしょう……。

私はそう思います。この宇宙の中であなたとわたしの違いなんて無きに等しいです。

 

 

 

 

〜三島のすべて自ら主体でなければすまない生き方・死にかたに疑問を感じつつならってきた、〜重要なのは表現されるべき対象であり、自分はそのための道具にすぎない、表現の道具である自分はあたうかぎり低くみじめな存在でなければならない

 

あたうかぎりひくくみじめなそんざいになる必要もなく、そう思うことが、自分は特別な存在ということでしょう、たしかに、自分は特別な存在です、自分の主観を通して発信しているのですから仕方のないことです。透明人間にはなれません。

物書き、芸術家、なんとも割り切れない、エリート意識の存在です。

 

つまりは三島は生まれたときから、生まれたくないと思っていた、存在したくなかった、けれど黙って死んでいくのも自尊心が許さなかった、男性的とは言えない自分を虚飾し劇画タッチで死んでいきたかった、ということでしょうか?

 

 

なんか疲れました、限界です。

選挙行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 読書 | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0)
思ったこと

 

 

 

 

 

 

今朝は雨、

暑さもひと段落、

PCの前に座り、

キーボードを叩き、

言葉を探すが見つからない。

五十音というけれど、

濁音、半濁音、促音、いれて何文字になるのやら、

それでも思っていることを表現できないんですよね〜

 

 

 

NHKの日曜美術館で、

 

http://www.nhk.or.jp/nichibi-blog/400/273744.html

 

鹿児島市のしょうぶ学園 ヌイ・プロジェクト

 

好きなように糸を操る人を見て、

思うがままでいいなあと、

思うがままに書いてみたけれど、

それが案外にできない、

思ってることをかたちにするってむずかしいんだよね。

 

どうしてなんだろう?

思うってことはかたちがなく、

表現っていうのはかたちなんですよね。

相反するものですよね〜。

 

こんな恵まれた工房で、

好きなことができるっていいね、

私の職場もこういうことができたらいいなあとか、

思いましたよ。

 

 

| つれづれ | 11:56 | comments(0) | trackbacks(0)
ネコに招かれて

 

 

JUGEMテーマ:写真日記

 

先週末は、富士山麓朝霧高原の花鳥園に行ってきました。

梟がたくさんいましたよ。

 

 

http://kamoltd.co.jp/fuji/

 

 

 

 

昨日は雨、

やっと川に水がもどってきたけれど、

今日は晴れて、このぶんじゃまた干からびてしまうでしょう……。

暑さと寒さが入り混じるこの季節が体にこたえます。

脳にも堪えるようで、

衰えた視界に広がる曖昧模糊とした景色が〜、

頭のなかもモヤモヤ、

視力と脳力は比例するのかしら?

 

 

 

 

 

 

「在りし、在らまほしかりし 三島由紀夫」 高橋睦郎

読んでいるけれど、頭に入って来ません。

 

なぜ、三島が腹切りなどという劇画的な死を選び取ったのか、

息を引き取る間際になにを思ったのか、

知る由もありませんが、

 

「人間存在がそこに浮き沈みぬしている生死の海のために死んだのだと言えよう。」

と著者・高橋氏は書いておられますが、

凡人の私にはおよそ理解できない世界です。

 

三島の『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』まで読みましたが、

春の雪の印象は残っているものの、あとの作品はほとんど覚えていません。

 

輪廻転生の壮大なストーリーを展開させた云々、

彼の思いは遂げられたのでしょうか……。

考えても答えの出るものではありません。

 

 

 

 

 

先日、思い立って、

わたしが上京して初めて住んだ場所に行ってきました。

半世紀ぶりの訪問で、住所だけを頼りに行ったのですが建物が残っていました。

ゲストハウスという名で留学生の宿舎になっていました。

 

 

 

それから近くのお寺にも行ってみましたが、

豪徳寺が招き猫発祥の地だとか〜知らなんだ〜

 

 

http://tokyolucci.jp/goutokuji

 

 

 

 

 

| つれづれ | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0)
かっぷやきそばのつくりかた

 

 

JUGEMテーマ:写真日記

 

やっと雨が降りました。

水なし川が川になりました。

 

    雨

 

朝のニュースを見ていたら、

失敗博物館なるものが……、

緑色のケチャップ、

電流が流れる顔パックなどなど、

これが失敗したら成功になるの?

 

      あめ

 

朝刊を見て、

夫や妻を亡くした人を「没イチ」というらしい、

「没一会」なるものもあり婚活、恋活とかに〜?

 

          小雨

 

はてまた洗濯洗剤のコマーシャル、

ジェル洗剤。

粉末、液体の次はジェルですか?

 

        とり

 

そして驚いたのは、

つけまつ毛ならぬ、

つけまゆ毛!

なんでもありですね〜。

 

                拍手

 

世の中のスピードにはついていけませんね〜、

ついていかなくていっかあ〜。

 

 

      ジョギング

 

 

 

 

新聞一面の下の本の見出しをついつい見てしまうのですが、

 

もし文豪たちが
カップ焼きそばをの作り方

を書いたら

 

という本が!

 

村上春樹なら

「完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

徹底した文体模写で綴る「カップ焼きそばの作り方」100連発!!

爆笑必須!!

 

ウンコドリルにもあきれたけれど、

なんだろうこの発想は?

 

「湯を入れてふやかすぐらいなら、形状記憶麺でも作ればいい」

なんでもありの時代だから……。

 

 

太宰ならどういうふうにかくのだろう、

私はカップにお湯を入れまた捨てるという所作をあざわらうだろう・・・とか?

同じことを思う暇人も多いです。

 

 

 

https://matome.naver.jp/odai/2146401785375858501

 

 

ではニコニコノーノーイヒヒポロリてれちゃうぶー

 

 

 

 

| つれづれ | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0)
倒れたままでいること

 

水のない川

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

今日も炎暑、雨は降りそうもありません。

フェイスブックの過去記事でなにかとバアバが出てきて、

あたまのなかが濡れてるよ〜という義母、

おかあさん、

今指先がビビビってなったよ、

ああ人間でない人、いつからおかあさんになったんだろう?

 

義母はわたしをおかあさんと言い、

わたしも義母をおかあさんと呼んだ。

義母の手はいつも冷たくて、

触れると電気が走ったのを覚えている。

 

 

  かお

 

 

 

朝ドラ、

唯一見ているドラマは昭和の映像で、

東京から里帰りした主人公が、

家の匂いや音にくるまれ眠り続ける場面を映していた。

 

郷里にはわたしが育った家はなく、

新しく整備された道路、今風の家が建ちならんでいる。

 

田舎といっても町中にあった生家は、

裏に喫茶店がありスーパーもあった。

中学生くらいかもしれない、

溜めたお小遣いで買ったものを覚えている。

ひとつは水色のつり紐のついたスカート。

ひとつは黄緑色のふたのついたプラスチックの容器。

あとひとつは、えんじ色の着物の帯。

母に上げたものだが、それだけが母の和ダンスに残っていた。

             

               かお

 

家のそばにあった駄菓子屋、

そのとなりの八百屋なのかなんでも売っている店、

酒屋や魚屋、

それだけあれば暮らしていくには何の不自由もなかった。

 

そんなことを思い出しながら、

過去の記憶があまりにも遠くなっていき、

私がそこに居て暮らしていたということが、

ほんとうのこととは思えなくなっている……。

 

   電車

 

と、電車が止まりホームに出たけれど、

ここはどこ?

自分の下りるべき場所がわからなくなり、

発車のベルとともにもとの電車に飛び乗った。

 

下りるべき駅は次だったことを確認し、

ほっとする……。

なぜか絶望名人カフカの人生論なる言葉が思い浮かんだ。

 

    
将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。

将来にむかってつまづくこと、これはできます。

いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。

 

                 ―フェリーツへの手紙―

 

    笑    笑

 

いいなあネガティブ、ネガティブにひたるのもいいけれど……、

倒れたままでいるというのも、

歩きつづけるより大変かもしれません。

 

 

脈絡のないことを ごめん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| つれづれ | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0)
ドンキからヴェルフリ

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

梅雨入りの予報がでて、

干上がった川もやっとうるおされるのかと思ったけれど、

雨降る気配なし、

 

昨夜はまたおかしな夢を見て、

うる覚えの夢を辿る……。

 

おかしな爺さんと面接をして、

ここはこういうことをする場所ですと説明するがかみあわない、

そういえばあなたここ2日ほど朝のウォーキングしてませんよね、

どうしたんですか〜と言ったら、

そんなことあんたにはなす筋合いではないと怒りだす、

そこに、休憩で〜すというソプラノの声が響き、

よく煮ておきましたから手をしっかり拭いてくださいと、

煮タオルがまわってきた。

うろうろ動き回る人の中にうちのばあちゃんを見かけて、

声をかけようとしたけれど、

そこにいるのに届かな〜い、

どちらがほんとうの世界なんだろう??

今の今だって、

同時進行で〜十億の人人人が生きて動き、

いろいろなことが起きているんだろう??

 

 

 

 

 

 

目覚めて、

テレビのニュースを見ながら窓の外を見ると、

いつもの6時半にいつもの爺さんがやってきて体操を始める。

よかった〜、二日ほど見なかったので、生きてたんだと思い、

ゴミ捨て、洗濯、などなど、

二階の部屋でパソコンを開ける。

本の返却メールが来ていて、

ああ、ドンキさまの最終章、読み終わって返すのを忘れていたよ。(意識的にでしょ)

昨年から、とつおいつ読んできたドンキ様、サンチョ様に会えなくなるのは、

ドンキロスになりそうでござる。

しかしなんとも奇想天外、

かっこよくも強くもない妄想騎士の生涯。

こういう大長編が書かれ受け入れられた時代を賛美したいと思いましたよ。

 

   音楽

 

そして、無理につなげるわけではございませんが、

かのアドルフ・ヴェルフリ様の鉛筆ドローイングの楽譜が気になりまして、

音楽の知識もない人が描けるものなのか?

音楽として奏でられるものなのか?

そうであれば聞いてみたいと、検索し、

もしかしたら聞くことができるかもという……?

ああ、なんという暇人、

検索して見つけたページです。

 

 

https://blogs.yahoo.co.jp/geezenstac/55771897.html?__ysp=44Ki44OJ44Or44OV44O744OZ44Or44OV44Oq44Gu5qW96K2c

 

 

 

アドルフ・ヴェルフリの楽譜は実現(演奏)不可能なものです。が、敢えて演奏してみるとかなり編曲はされていますが、バックに流れているような音になります。ヴェルフリは正式な音楽教育を受けていたという記録はありませんが、口遊む音楽を採譜できたかもしれない可能性はありますが、それと彼の絵に描かれた譜面とは全く別なのでしょう。しかし、それでもなお、彼の頭の中の譜面は、絵の中において、譜面らしさが第一義なのではないのでしょう。ヴェルフリにとって絵と音楽は同質なもので、作品としては同一画面上で譜面を演奏しているには違いないのでしょう。それは私たちが通常に「表現」と称することと、精神分裂病者の作品を「表現」と言わなければならないときの、事態の本質的な相違を認識する必要があるということです。

 

 

 

 

ヴェルフリの音楽はなんとも安らかで楽しいものでした〜♪

 

 

https://www.diversity-in-the-arts.jp/stories/1414

| つれづれ | 09:34 | comments(0) | trackbacks(0)
月日は百円の価格

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

とぼとぼとぼ・・・と今日も川沿いの道を歩む〜

 

ああ今日もいい天気、

空を仰いで、

あれーっ、

川がぁ、川がぁーっ、ないよ?

 

魚は? ウシガエルは? カモは何処に?

 

 

 

 

 

行かなきゃならんいわれもないけれど、

 

 

駅に向かい、

ホームを歩いていると、

フルスピードで特急電車が通り過ぎ〜

すいこまれるからだを踏ん張って〜

たえる、たえる、たえる、

たえるのが人生よ〜、

 

♫ わてほんまによういわんわ ♪

といううたがあったっけ?

 

https://www.youtube.com/watch?v=BZljsTQEoyU

 

日本版スイング スイング スイング?

 

 

でるわでるわ、

わけのわからん戯言が〜

 

月日は百円の価格にして、行きかうひとはみな他人なり〜

 

 

きょうは義母の誕生日、

 

 

 

米寿です おめでとう

なにも祝ってあげられません 誕生日

 

| つれづれ | 09:51 | comments(0) | trackbacks(0)
うまれたひ

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今日はうん十年前の私が生まれた日です。

うん十年生きていると生まれた日がオメデタイとか、

祝うという気持ちなどなくなっています。

 

ただ、なにがどうなって私という人間がこの世に生まれたんだろうということは思います。

ヒトだけでなく、ありとあらゆる命が生まれ果てていく世界です。

 

だんだんに果てる方に近づいていってます。

果てた先はあるのだろうかとも思います。

 

 

 

 

昨日は、

東京ステーションギャラリーに「アドルフ・ベェルフリ」を見に行ってきました。

https://matome.naver.jp/odai/2146616846096392901

精神を病んだ彼が書き続けた世界に魅了されます。

絵のなかの文字、数字、音譜、

とくに大量に描きつけられた五線譜ならぬ六線譜で、

八分音符、十六分音符の羽が鋭角な直線で、

彼の頭の中でどんな音楽がなっていたんだろうと?

 

 

 

 

 

非日常の世界で絵を描き続けた後半生はうらやましくさえ思われます。

 

 

 

 

 

 

 

| つれづれ | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0)
いやなかんじ

 

 

 

JUGEMテーマ:写真日記

 

 

五月も中盤、

夏日が続き、

昨日は肌寒かった。

 

小川のほとりは夏模様〜

銀杏やケヤキが葉を茂らせている。

 

ウシガエルが鳴きはじめ、

その声を文字で表現しようとして、

言葉が見つからない。

たぶん、あいうえお〜とかいう日本語で表記するのは無理があると思ったら、

「おーい、電話なってるぞー」の連れの声で、

うぇっ、そうなのか!

携帯のマナー音。

ウシガエルの声は、声というより振動にちかいのかぁー……大発見。

 

 

 

 

 

最近、始めたことがあって、

朝の時間に挑戦するのだが、

今朝は対岸の小学校の校庭で催し物があり、

スピーカから発する音が喧しくて集中できない。

 

できないときはなにもできないのだけれど、

けさはなんだか気鬱がして集中できない……。

 

 

そのいやな感じというので、

 

小松左京 夜が明けたら ハルキ文庫

 

どれも面白いのですが、

なんだか身近に感じてしまうのが、

安置所の碁打ち

 

目がさめた時、なんとなくいやな感じだった。

 

よくありますよ、そういうとき、

 

からだがふわっと浮いてるような感じで、変に現実感がない。

 

やけどしそうな熱い茶を飲んでも熱さを感じない、

風呂に入っても湯の熱さは感じても体は冷え冷えとする、

体温を測ると27度、

それに心臓が止まっている、

 

妻が碁敵でもある医師を呼んだ。

先生がいらっしゃるから病人らしく寝てなさいと言う妻に、

おれは病人じゃない、いうなれば死人だ、

 

医師が聴診器をあてると、心臓がとまってますなと、

「先生ー宅は助からないでしょうか?」

「助からないって、奥さん、二時間も前に心臓が止まってるんじゃ〜」

「心臓が止まってーなぜ、そんなに起きたり、口をきいたりしてられるんですか?」

「知りません。心臓がとまったって、別に死ななきゃならない、という義理はないでしょう」

 

と、なにからなにまでナンセンス、

そのうち主と医者が碁をうちはじめまして、

もう少し様子を見ましょうと帰って行った。

 

なんとなく日が過ぎていって、

彼は働く意欲がなくなり会社に辞表を出し、

退職金は出たけれど、死んだことが認められなくて、弔慰金は出なかった。

高校、大学の二人の息子を抱えた妻が、

保険金をもらおうと思ったが、医者が死亡診断書を書いてくれないのでもらえない。

      

      はな

 

主はただぼんやりすわって、ものは食べない、水を飲むだけである。

「いいかげんに、生きかえるかはっきり死ぬか、どっちかに決めてくださったらどうなんです」

と更年期ヒステリーの妻に詰め寄られ、

妻は、拝み屋を連れてき、仏壇を新調し、葬式をやりたいと、

火葬にされるのはいい気がしないと断ると、

せめて墓を見に行ってと言われ、

遺産相続もすませたら、

妻が脳溢血でぽっくり逝ってしまった。

 

     はな

 

長々と書いてしまいましたが、

けっきょく子供から追い出され、

碁敵の医者の隠居所に行き、

その医者が死んでからは、

病院の安置所で一人碁を打つ毎日。

それからどれぐらいの年月がたったことだろう……、

病院の安置所からはいまだ碁打ちの音が聞こえるのだという。

 

| 読書 | 10:25 | comments(0) | trackbacks(0)
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