signal

この日 この場所に いることの不思議
ここに いることを 確認すべく 微弱な信号を……
何億光年彼方の Xへ向けて

お盆

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

今日は終戦記念日。

戦争を知る人は年々少なくなっていきます。

戦後の復興も、

目覚ましいものがありました。

 

いまここにきて、

時代の流れの速さを感じます。

 

人工的明るさと匂い、

合成素材に囲まれ、

ほぼその中で暮らしています。

好きじゃありませんねぇー、

仕方ないですが……。

 

  ❀

 

昨日は義父の墓参り、

少し足を延ばし、

義父が亡くなる直前まで通っていた眼科医に行ってみた。

五年ぶり、

待ち時間診療時間は3〜4時間、

すわる場所もなかったから、

今頃ビルが建ってるよと言ったら、

ほんとうにビルになってました。

 

帰り道、

見かける骨董屋、

二階の窓に熊のはく製があって、

寄ってみたいと常々思っていた。

 

ドアは締め切って中は見えない。

営業してるのかどうかもわからない。

後ろからどうぞと声をかけられ、

ドアを押す。

店のなかは炎暑地獄と思ったら意外、

冷房が効いている。

 

 ちらかってるからねぇー、

 ちらかってるけどねぇー、

 まあ入って見てください。

 

 

 

 

 

ほんとう骨董屋というよりごみ屋敷?

50年、兄弟でこの商売をやっているという。

 

みがきゃあ千万もするお宝があらあな〜

あの、クマのはく製、通りすがりに見てたんですよ〜

ああ、あれか〜

シロクマのはく製だったがね〜

いつのまんかクロクマになったがね〜

 

話好きのオジサンと意気投合し、

倉庫には5千点ぐらいの品物があるのよ、見るかね?

こんど涼しくなったら来るから見せてねと返すと、

そんときは畑もやってるから野菜もあげるよ〜と。

 

 

 

 

 

木彫りの梟と、

なんとなんと連れが気にいったというタヌキ、

買ってきてしまいました。

 

これもなんかの縁、

じいちゃんだと思って頭を撫でてみる。

 

 

 

右? 左?

どっちのタヌキ買ったの?

 

 

 

 

 

 

 

| つれづれ | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0)
デジタル遺品

 

 

 

 

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暑い、

ひたすら暑い、

わたしなどはまだいい方かもしれない。

冷房の効いた部屋で、

ぐたぐた呟けるのだから。

 

夕飯をもらいに来る通いネコは黒毛(=^・^=)、

暑くないかと声をかける。

川原で暮らすホームレスたちは何処で涼むんだろう……。

 

  ㌿

 

死後消したいデーター

「dele」という本の紹介が、

 

持ち主の死後、

デジタル端末やインターネット上に残ったデーターを

「デジタル遺品」と呼ぶ。

厄介なのは、それが自然に朽ちないことだ。

墓まで持って行きたい秘密があっても、

電子の記録は永遠に現生に留まり続ける。

 

これは小説のなかの話だけれど、

ネットを飛び交う言葉の信号は、

どこにたまり、どこを漂うのだろうか?

 

わたしが生きた痕跡、

写真や戸籍は抹消されても、

このブログの信号は漂い続けるのだろうか……。

 

されば、

死後の人の思いも……漂い続けるのではないだろうか……。

 

 

 

 

 

| つれづれ | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0)
みんなどこにいるんだろうね?

 

 

 

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台風一過、

蒸し暑いです。

朝からたまった洗濯物を干すも、

また降られ、

取り込んだり干したりと汗だくです。

 

昨夜は家のそばの川も増水し、

消防車や危機管理の車が様子を見に来ていました。

何事もなくほっとしていますが……。

 

 

    ㌿

 

朝刊の読書欄を見て、

「広い宇宙に地球人しかみあたらない75の理由」

というタイトルを見つけ(笑)

面白そうですねぇ。

 

 

しかし、老いも若きもいろいろな方がいて、

理解を越えた方々は、

みな宇宙人に見えてしまいます。

 

 

 

本書『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由!』では、宇宙で地球人のほかの知的生命体が見つからない理由について、地球外文明(ETC)はすでにきているとする10通り、RTCは既に来ているが証拠が見つかっていないとする30通り、人類は孤立しているとする24通り、そして最終章であは75番目の解答として著者自身の意見を1通り紹介し、計75通りの理由を紹介しています。

 

 

 

 

 

 

 

https://ameblo.jp/yamatotakerun2/entry-12385426114.html

 

 

 

 

 

| つれづれ | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0)
ねじれねじれて……

 

 

 

 

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台風の余波か、

涼しさの恩恵にあずかっている……。

 

三十五度超えの世界では、

なぜか呼吸困難になった。

 

オウム真理教13人全員の死刑が執行された。

 

ふと割り切れない思いにとらわれる。

 

人の命を奪うというのは、

正義という名を借りた国家であれ、

どういうかたちであれ殺人ではないのか……?

 

 

むかし多くの男子が、

国のため家族のため、

人を殺したではないか。

殺さなければ殺される、

所詮動物となにほどの違いがあるだろうか?

 

わたしは取り立てて主義主張があるわけではない。

 

 

  ☆ ★

 

 

新聞で三木成夫の名前を見つけ、

松岡正剛の千夜千冊のブログへ。

 

「胎児の世界」は以前驚きをもって読んだ。

わたしのなかにある郷愁は、

累々と続く生命記憶なのかもしれないと思ったり……。

 

ここでまたねじれの話を読み、

大いに笑った。

 

 そうかぁ、人も、人との関係もねじれているよなあ〜。

 内臓も、神経も、DNAにウンコだって……。

 

 ねじれねじれて、

 なんだかわけがわからなくなっているよ。

 

 

 https://1000ya.isis.ne.jp/0217.html

このあと、三木先生とぼくは「ねじれ」の話に終始した。人間はねじれている、人体のどこかしこもねじれている、生命の本質はねじれであろう、そんな話だった。
これはぼくがジル・パースのスパイラロジー(螺旋学)を持ち出してから弾んだもので、ぼくの造語による「捩率」(れいりつ)に関する談義なのである。ぼくはそのころ、自然界の動向を捩率のふるまいによって見ていて、「捩れ的相似律」に凝っていた。けれどもそれを人体のすべてにあてはめるなんてことまではしていなかった。ところが三木先生は、体も命もなにもかもが捩率でできていると言うのだった。それをまたまた嬉しそうに話した。ぼくは最初こそ大きな声で快活に話していたのだが、なんだかだんだ小さい声になっていった。
「だって松岡さん、内臓の末端は全部ねじれているんです」「そうですよね」「へその緒だって、十二指腸だって、大腸だってね、そうでしょう」「ええ、ええ」「実はね、耳もねじれですよ」「はい、はい、三半規管なんて、全部ねじって出来ている」「いや、それだけじゃない。うんこだってねじれているんです。えっ、そうでしょう」「うん、うん」「あれはハッキリ言って、捩れドーナツです」「いや、ねじりドーナツ、でも、そういえば‥」「あのね、実は脳もねじれてます。ニューロンそのものが松岡さんのいう捩率の産物なんです」「ええ、捩率脳」「声だってねじれているから発声できるんだと思いませんか」「はあ」「それから、歩き方ですよ。人間は体をねじって直立二足歩行しているわけですよ」「ええ、ロボットも」「もっと決定的なのはね、赤ん坊がねじれて出てくるということです!」「はあ、こう、ぐるぐると。ずうっとそうかなって思ってました」。

 

 

 

| つれづれ | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0)
カメムシよ

 

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暑い、

暑くて思考能力ゼロ、

今朝の新聞で読みたいなーという本を見つけたのだけれど、

 

それが誰のなんという本か?

頭に残っている文字がない……。

 

アウシュビッツ生き残り

音の残響

あああ…水声社だっけ?

 

 

プリーモ・レーヴィ
失われた声の残響

 

という本だったということがわかったけれど、

知らなかったなあ彼のこと。

 

『これが人間か』人とは、ここまでグロテスクになれるものなのか!?

http://honz.jp/articles/-/44567

 

すごーい、

あきらめるものじゃない、

それぐらいの情報で答えが出てくるのだ。

だから人間の頭が退化するのかなあ……。

図書館のページに自分情報、

暗証番号を入れるのだけれど、

違いますと入ることができない。

030・・・

これは電話番号じゃないの (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

 

暑さのせいではない、

頭が退化しているのだ (ー_ー)!!

 

 ☼

 

じりじりと陽射しを浴びながら洗濯物を干す。

ああ昨日暴れていたカメムシがひっくりかえっている。

カメムシなどと名付けられ、

空も見えないベランダの隅でひっくり返って果てた。

見知らぬバアバが経のひとつもあげようか〜、

 

無明世界に虫と生まれたことに気づくこともなくこと切れた命よ〜

そのいのちの無残さに意味があるのかと問うもののあることが〜

 

被災者の方はこの酷暑で難儀していることでしょう、

このあたりでやめておきます。

 

| つれづれ | 10:58 | comments(0) | trackbacks(0)
認知バイアス

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

 

明け方雨の音を聞いた。

雨なんか降るって言ったっけ?

 

家の小川は満々の水を湛え流れていた。

水は怖いものだと思う。

その水が家に流れこみ、

追いつめられることを思う。

 

救命用浮き袋、

ライフジャケット、

必要かもしれないと思ったり……。

 

 

人の運命はわからない。

かたや呑気にこんな文言を入力している。

 

豪雨予報で避難を呼びかけられたら、

わたしは逃げるだろうか??

 

人間には、「じぶんは大丈夫」という根拠のない気持ちがあるらしい。

それを「正常性バイアスの偏り」というらしい。

 

 

バイアスとは認知の偏りであり、例えば外見で人を判断する、などという事は誰にでも経験があると思います。

その一環で「正常性バイアス」というものがあり、「自分にとって都合の悪い話を無視したり過小評価したりしてしまう」ことをいいます。(参考:ウィキペディア)
これは誰もが持つ、心の防衛本能から来るものですが、逆に判断を誤らせる要因ともなり得ます。
例えば、東日本大震災で「津波に流されたものの助かった」という方に、地震発生直後から流される瞬間までの行動を聞き取ると、少なくない方が「大津波警報が出ていたことは知っていたし、避難のアナウンスも聞いていたが、家の片付けをしていた」と仰っていました。はたから聞くと驚くような話ですが、つい「日常」を続けてしまうというのは、誰にでも起こりうることなのです。
あなたが知るべき13の認知バイアス

あいつは、自分を客観的に見ることができない。

よく聞くフレーズです。
こういった思考は、認知バイアスと言います。

認知バイアスとは、人間なら誰にでもある「思考の偏り」です。

人間は、事実と違うことでさえ、思い込みをします。
不思議なことに、「思い込み」や「勘違い」には、同じ傾向があります。
その傾向を「科学的な研究」によって導き出したのが、認知バイアスです。

  • 「いやいや、私は客観的に自分を見てるよ」
  • 「あいつは自分を客観的に見ないから問題なんだ」

そもそも人間は、自分を客観的に見ることが苦手です。
別の人から見れば、違った評価になるでしょう。

認知バイアスは、人生において「絶対に知っておいた方が良い法則」です。
冷静になって、他人を見ることができます。
そして自分にも「思考の偏り」があると、気づくことができます。

 

この記事では、数あるバイアスの中から「人生に役立つものだけ」をピックアップしました。
すべて科学的な研究によるものです。

この記事を読めば「バイアスとは何か?」を、理解することができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間、客観的に自分の評価なんてできないよ〜、
自分という檻から出ることはできないんだからさ、
なーに、あの人、
人の批判ばっかりしてさ、
ぜったい自分が見えてないよねぇ〜
自分で自分を見ることは不可能です!!
さしづめ私は、後知恵バイアスかなぁ?
わたしが言ったとおりになった
そうなると思ってたよ 
とか言いそう。
ああ、人間めんどくさし!!

 

| つれづれ | 11:41 | comments(0) | trackbacks(0)
ネジのつぶやき

 

 

 

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ああ、暑い、

この湿気のある暑さがねぇー、

しかし同じ日本列島、

水害で命や家を失っている方がいらっしゃる。

この違いはなんだろう……?

やはり備えをしなければと、

川の辺の古家に住む身としては、

救命浮き輪を検索してみたり……。

 

   ☂

 

今日の「本よみうり堂」から、

矢部太郎さんのおすすめ本、

芸人は芸達者が多いんですね。

「大家さんと僕」漫画を描いているとか。

彼が一押しの「飛ぶ教室」

小学生の時に読んだことは覚えている。

内容は忘れてしまったけれど、

タイトルだけは覚えている。

 

平成の名著、

「倚りかからず」茨木のり子

 

もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

 

 

彼女のこの詩にはいたく共鳴した。

なにものにもとらわれたくはない。

そういう自分に一番囚われているのだろうけれど、

そして、

カラテカさんの一言、

――僕が好きなのは作者が本当に思っていることが書かれている本です。

 

そんな本が読みたいし、そんな本を書きたい。

 

  ㌿

 

「昆虫学者はやめられない」

裏山の奇人 小松貴 さん

 

国立科学博物館の協力研究員36歳

「多くの人は、目に見える範囲のものを自然と思うが、見えないところで多くの虫が絶滅に瀕している。

生態系は一つの大きなジェット機に例えられ、個々の生き物は一個一個のネジ。いくつネジがなくなったら危ないかは誰にもわからないし、一度失われたネジ(生き物)を元に戻すすべはない。だからこそ、自然をどれだけそのまま未来に渡せるかが大事です」

 

ああ、なんと含蓄のある言葉、生き物は一個のネジ、

その一個がなくなっても生態系は機能しなくなる。

日々古家で虫と格闘しているけれど、

ある程度の共存は致し方ないのかなあ……。

人類にとって、

わたしもごくごく微小なネジの一本だと思うからして……。

                      むーつぶ

 

 

 

 

 

| つれづれ | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0)
だれが内部の人間か

 

 

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あついよ〜

頭がオーバーヒートしそうだよ。

くそーっ ^_^; と手に持ったのが秋山駿氏の「小林秀雄と中原中也」

 

いわば、現代は、人間の内部という一つのものと、内部の人間というまた一つのものと、このまったく異なった二つの存在を、一つの内部という領土として判定し、内部の人間はこの宣告を有効に否定する手段を持たないままに、自分の場所、その特別の生活、その人間のひびわれなどを、しだいに奪われて、窮地に追い詰められたのだ。それはもう奇妙な人間ではなく、恐れを知らない自由な内部への安住者たちだ。

 

 

 

なんだろう?

読んでもさっぱりわからない。

頭の中から言葉が、

ぱっぱらぱっぱと消えてしまったのさあ〜。

 

   

   ☼

 

 

昨日、仕事帰りに電車に乗った。

 

前方に座った男女のカップルを見る。

男の座り方のだらしなさ。

ずり落ちた体を伸ばすだけ伸ばし、半パンの足をだらしなく広げている。

男と女はそれぞれスマホを操作している。

ショートヘアーで色白の女は真っ赤な口紅を塗っている。

男の足は女の体に密着するように伸びていて、

女の右手は無意識になのか意識的になのか、

男の足の股にうっそうと茂る毛を引っぱっている。

男はひたすらスマホをいじり、

女もスマホを見ながら男の足の毛をひっぱる。

嗚呼、ここに私の理解を超えた内部の人間がいる。

彼らの頭の断層の中にはなにがあるのか? 

大衆の面前で毛をひっぱるのに何の意味があるのか? 

これは猿人の毛づくろいか? 

ジャングルの中でのくつろぎの時か。

彼らには外部の世界は存在しない。

彼らこそ真の内部の人間か。

 

 

電車の空間は毛づくろいする場所ではない。

前に座るオバサンも、

横に座るオジさんも、

彼らの視界には入らない。

彼らは彼らだけの世界で、

惑わされることもなく、

ひょうひょうと生きている。

 

 

 

この世の中にはどうしても、あれは内部の人間なのだ、という以外には理解しえぬような種類の人間がいる。

 

最近ちらほら思う。

 

彼らから見れば、

知ったことじゃないだろうけれど、

わたしのほうが……なのだろうか?

 

 

 

 

| つれづれ | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0)
白紙のページ

 

 

 

 

 

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ちょうど今日が一年のへそだとか、

なんかいへそを体験したのか?

 

異常な暑さですね、

八月の真夏の暑さを思い浮かべます。

若い頃はぎらつく太陽に盾をつくように、

炎天下を歩いたのに、

今は太陽を忌み嫌う日陰者に。

 

 ☼

 

 

今朝の新聞を読んでいて、

「言葉を失った」白紙の社説

 

「今日我々は言葉を失った。

このページは、我々の会社で起きた木曜日の銃撃の被害者を追悼するため、

意図的に白紙のままにした」

と亡くなった5人の名前を記した。

 

白紙の紙面とはインパクトありますね。

世の中、言葉(映像)が溢れすぎていますから。

むかしは、

新聞、雑誌、文庫本、

黄ばんだわら半紙の文字を読むことがあった。

あの文字たちは生々しかった。

わたしにはそう見えた。

 

 ✑

 

 

新聞に文字が溢れているけれど、

言葉は記号化し惰性になっている。

人は饒舌になりすぎているのかもしれない……。

 

 

もしも人類から言葉のプログラムが消えたら、

どうなるのだろうか?

 

ああ、しかし暑い、

書こうと思ったことも忘れてしまった。

 

 

 

 

 

| つれづれ | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0)
雨のちスカイツリー

 

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先週は雨のなか伊豆半島に行ってきました。

 

 

 

修善寺温泉を散策し、

伊東温泉へ。

その後下田公園でアジサイを見た折から、

ざんざ降りに見舞われ、

霧も深くて視界ゼロ、

山道を断念し、

海岸線をひたすら南から西へと雨風霧のなか、

沼津までたどり帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

  ☂

 

 

 

 

 

 

翌日は、

研修で柴又帝釈天&スカイツリーへ。

天気に恵まれ暑かった。

 

展望階に50秒で上るというエレベーターに乗り、

めまい持ちの高所恐怖症の方々とご一緒に、

展望回廊を回ることもなく二階下の喫茶室に行き、

コーヒーを(コーヒー色のスープ)飲んだような……。

 

帰りのエレベーターも混むからと、

押し合いへし合い帰ってきたけれど、

スカイツリーの姿も拝むことなく、

わたしはどこに行ったのだろうと……。

 

 ★ ☆

 

 

しかし暑い、蒸し暑い。

長谷川修 という作家ご存知でしょうか?

「舞踏会の手帖」

これがほんとよかった。

舞踏会の手帖という映画を下敷きにして、記憶の場所を訪ねるのだけれど、

しらずに(本を読んでいることを忘れ)

古き良き時代の空気に取り込まれていた。

 

まだまだ読んでいない良書があるんですねえー。

 

 

 

 

舞踏会の手帖』(Un carnet de bal)は、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督による1937年のフランス映画

未亡人になった若いクリスティーヌが、16歳の時の初めての舞踏会の手帖を頼りに、昔の踊り相手を訪ねて回る。

ジョルジュの家では、母親が迎えた。クリスティーヌに恋していた彼は、彼女の結婚を知って自殺し、母親は狂っていた。

文学少年だったピエールはキャバレーのあるじ兼泥棒に崩れていた。クリスティーヌがむかし通りに唱える詩に付き合ううち、警察の手が回って引かれて行く。

作曲家志望だったアランは神父になっていた。恋人に捧げる曲をピアノで弾いたが、恋人は耳もかさず、ほかの男と笑い興じていたと、当の相手のクリスティーヌに、三人称で語る。

詩人気取りだったエリックはアルプスのガイドである。久し振りのクリスティーヌと意気投合して、無人の山小屋に同宿しようと決めた時、遭難事件発生をふれる鐘が響き、山男は直ちに雪の斜面を滑りくだる。

 

 

 

| つれづれ | 11:38 | comments(0) | trackbacks(0)
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