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この日 この場所に いることの不思議
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何億光年彼方の Xへ向けて

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死と詩

 

 

 

 

「死とエロス」

タイトルがいけなかったのかしら?

入力途中で強制終了され、

書いた文章が全部消えてしまいました。怒り

理不尽な!怒り

それでタイトルを「詩と死」に変えました。

 

新聞に、詩人・伊藤比呂美さんのエッセイが載っていました。

彼女は全身全霊で表現するかたで、

亡くなった連れ合いのことを、

すさまじく強い生き方をした人を最後まで見たのは悪くなかった……。

と、連れがすさまじかったのか彼女がすさまじかったのか?

 

その彼女が、

「詩とは、自分のできないことをすること。言葉の最前線の、自分の一番とんがったところで書くこと。私は長く、いわゆる行わけの詩を書いていない。書くと詩っぽくなるのが嫌です。〜」

 

詩っぽくなるのが嫌とはどういうことだろうか??

彼女は表現したいものを包み隠さず表現してきた人ではないだろうか?

 

 

という私も今「詩」らしきものを書いていて、

声高に言えることでもなく、

隠れて書いている。

 

詩や小説を書くことは恥ずかしいことだという気持ちがあって、

どうしてだろうということを考える。

小説などは、昨今の状況、守秘義務云々、書きたいことを赤裸々に書けない。

著名人はですよ、官憲ではない民憲というマスメディアに見張られている。

ああ、でもどこかで誰かが見ているやも知れない……?

 

以前、夏の文学教室で伊藤比呂美さんの般若信教の朗読を聞いた。

 

……お経の解説書をいろいろと読んでみた。

でもぜんぜん頭に入ってこない。

つまらない。

悟れない。

生臭い。

あたしが悪いのだ。

でもあたしはあたしである、

あたしが中心である、

あたしなのである、

という、

やっと握り締めた実感を、

手放してどうするのか。

どうしようもなくなるであろう。

 

 

恨みつらみに満ちた言葉が、息もつかせず迸った。

彼女は名うての表現者だった。

 

 

*****怒り

 

 

大岡信氏の訃報を聞いた。

詩人、評論家、小説家が次々と旅立ち、

そういう肩書がすたれてしまうのではと。

 

「ほうとした気分」が大岡さんの詩の源であると。

彼の詩集は読んだことがないけれど、

朝刊に掲載の詩を書いてみる。

 

マリリン・モンローの死を悼んだ詩「マリリン」

 

裸の死体が語る言葉を

そよぐ毛髪ほどにも正確に

語りうる文字はないだろう

文字は死の上澄みをすくって

ぷるぷる震える詩のプリンを作

るだけだ

 

モンローにかぎらず人の死を前にしては言葉も文字も詩も色を失う。

しかし詩人は詩を作る。言葉の彼方にあるものを言葉でつかまえようとする。

なぜなら世界は言葉でできているから。

 

 

いや、世界が言葉でできているとは思わない。

私は理解できないことを理解するために、

言葉で置き換える。

 

 

地名論(抜粋)

 

水道管はうたえよ

お茶の水は流れて

鵠沼に溜り

荻窪に落ち

奥入瀬で輝け

サッポロ

バルパライソ

トンブクトゥ―は

耳の中で

雨垂れのように延びつづけよ

奇体にも懐かしい名前をもった

すべての土地の精霊よ

時間の列柱となって

おれを包んでくれ

 

 

 

意味は分からなくとも、

言葉が流れるんですよ、

からだの中のどこだかわからない場所を、

水を飲むようにすーっとね、

 

 

ご冥福を 泣く

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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