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失われた声の残響

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

 

71回目の原爆忌を迎える炎暑の中、

プリーモ・レイヴィーの「失われた声の残響」を読み終えた。

 

 

 

 

 

分厚い本は読みにくかったし、

アウシュビッツ生き残りで化学者であり作家という彼の作品は、

少しの精神の破綻も感じさせなかった。

それが信じがたいことだった。

 

    ㌿

 

フランクルの「夜と霧」は読んだことがある。

彼も精神科医であり脳外科医であったという。

 

過酷な体験を生き延びるには、

冷徹な観察者の視線が必要なのかもしれない。

 

 

失われた声の残響のなかの一文を記してみる。

 

 

私たちは、反転できない何かが解き放たれた無意識の脅迫の上で、バランスを保っています。しかし、空気中の二酸化炭素が0.04パーセントに達したならば、みんな一緒に動かなければならないでしょう。脅威は世界レベルであり、世界は一つだけです。ますます小さく、ますます壊れやすくなっています(……)同じ矛盾が私たちを生かしてくれています。人間の誕生に関する永遠の矛盾、合理的には死すべき運命にあるとわかっているのに、その時々では不死身に思えます。死ぬべきであるという本能と意識が、種の遺伝子に刻み込まれているなら、すぐに絶滅してしまうからです。

 

 人間の誕生に関する永遠の矛盾

 死すべき運命とわかっているのに

 その時々では不死身に思えます

 そうでなけれ種は滅びてしまうから……

 

 

 

 

形而上学的なものは一切信じません。世界が創造された頃の古い考え方です。ピタゴラスの中にもルクレティウスの中にもそれがありました。しかしながら前世期の化学の父たちは、私たちの吸込む酸素は植物から出ていて、植物、樹木の栄養物は、私たちとあらゆる動物が生きている間、さらに死んでからも発する二酸化炭素であると教えてくれました。

 

 

私たち動物は植物が発する酸素により生き

植物は動物の発する二酸化炭素により生きる

 

 

こんな単純明快な世界にあって、

人は人をなぜ殺戮するのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

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