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この日 この場所に いることの不思議
ここに いることを 確認すべく 微弱な信号を……
何億光年彼方の Xへ向けて

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含羞のある虚無


スーザン・ソンダク の続きを読んでいる。
 

はっきりしない、自分の核を刺激する言葉にあふれている。
言葉で表現するなどと、所詮無理なこと……。
空を、この目に見える秋空をどうやって表現するか? 
風を、空気を、どうやって表現するか? 
それは、空や風や空気ではなく、私の中に取り込んだ、
いや、極小な視界に切り取られた、ちっぽけな世界なんだろう……。
しかしそれさえも、言葉で表現することは難しいのだ。
ここ数日、一つのイメージに取りつかれている。
亡くなった師の終わりの日の一コマが浮かんでは消える。
なんということはない光景だ。

師が入院しているリハビリ病院を見舞ったこと。
師の部屋を、確か四人部屋だったか? 
覗いたけれど師はいなかった。
部屋を出て、廊下を歩き、事務室に行き、
「師はどこにいますか?」と聞いた。

「さあ、リハビリの時間はまだだし、お部屋にいるはずですが……?」

その言葉に突き放され、長い廊下をあるき、また部屋を覗くけれど師の影は見えない。
廊下に立ちつくし、なにを思ったのだろう……。
帰ろうか、帰るまいか、師はわたしを見たらなんと言うだろうかということを思いやった。

「おい、なんだ、なにしにきたんだ」

そう冷たく言うだろうか?

それとも皮肉な笑みを浮かべて、

「おお、きたのか」

と、言うだろうか?

 

と、書きはじめるととどまることができないが、
つまり、何を書きたいのか?

師との最後の語らい、
その時はそうは思わなかったが、
暗示するような強烈なイメージの一瞬を再現したいと思ったのだ。
その空気感を書くということは、書くというより描くということなのだろう……。

 

含羞のある虚無

一種、動機のない悲しみ

違和感に炊きつけられている

歓喜の場所の仕組み

 

どうしてこんな言葉が出てくるのだろう?!

ふり向いた師のヌーボーとしたためらいは、
彼のなかから彼が抜け出た、
抜け殻の頼りなさで、
そのまま立ち止っていた。
確かに、時間が止まった。

この一瞬の時間の前には何千時間という時間の積み重ねがあり、
そしてこの瞬間にたどり着くや否や、
その一瞬もあっという間に呑み込み、
時間という怪獣は人の体を心を、命を食べつくしているのだ。

 

虚無、虚無、

まさに含羞のある虚無の一瞬だった。

 

 

 

 

20世紀SF  1950年代 を読んでいる。

これがなかなか面白い。

・ロバート・シェクリイの「ひる」

 

すべてのエネルギーを食べつくし、巨大化する「ひる」

「ひる」を抹殺しようと落とされた核爆発も「ひる」のエネルギーとして吸収されてしまう。

 

・フィリップ・K・ディック「父さんもどき」

こわい。父さんもどき、母さんもどき、自分以外の人が、

みんな人間もどきに見える

 

・リチャード・マシスン「終わりの日」

これも怖い。地球最後の日。必ず来るだろうその日。

それまで人類が生き残るのかはわからないが、
最後の日をどう過ごすのかは、その時になってみなければわからない。

けれど人は必ず死ぬものだから、みんなで死ねば怖くないかも?

 

・ゼナ・ヘンダーソン「なんでも箱」

これは奇妙な小説、けれど文章がいい。
 

わたしは裸足で風にそよぐ草むらを走っていた。草原の一隅にある節くれだったりんごの樹をまわるとき、ひるがえったスカートの裾がひなぎくに触れた。暖かい風が両の頬をかすめ、耳のなかで笑った。わたしの心臓が、宙を飛ぶような足を追い越して、ほとばしる歓喜とともに温かみのなかに溶けこみ、それと同時に、彼の腕が……

 

なんでも箱を手に持った時の一瞬の感覚を表現した文章。なんと豊かな表現力だろう?

 

まだまだ面白い作品がたくさんあります。

| 読書 | 11:25 | comments(2) | trackbacks(0)
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コメント
含羞のある虚無、という表現、先生と親しんできた30年近くがある私には、そのの表情をおぼろげながら想像ができる気がします。お一人でお見舞いする勇気を持っていらしたからこそ、その場面に出会う事が出来たのでしょう。私は一人ででもお見舞いに行く勇気は無かったので、そういう大事な瞬間に出会えなかったか、と思えます。長い時間を含んでいる一瞬だったのでしょう。
| こめつが | 2014/10/22 10:49 AM |

コメントありがとうございます。

勇気といえるものではないように思います。

こめつがさまが大人である……、

いえ人間性の違いでしょうか?

どういっても説明がつきませんが、

もっと貪欲に接することができたならばという思いもありま

す。


| ハトリ | 2014/10/31 10:52 AM |
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